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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)38号 判決 1999年4月21日

アメリカ合衆国

ニューヨーク州 12100 ラザムアルパイン ドライブ 14

原告

レオナルド ロバートレフコヴッツ

訴訟代理人弁理士

田代烝治

江藤聡明

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

佐藤雪枝

船越巧子

田中弘満

小林和男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成8年審判第15254号事件について、平成9年9月18日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2項と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1987年3月31日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和63年3月31日、名称を「不織布及びその製造方法」とする発明につき特許出願をした(特願昭63-76661号)が、平成8年5月22日に拒絶査定を受けたので、同年9月9日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成8年審判第15254号事件として審理したうえ、平成9年9月18日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年10月15日、原告に送達された。

2  本願明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本願第1発明」という。)の要旨

ほぼ共通方向に間隙を置いて延びる複数本の直線ヤーンと、縦方向全長にわたってこれら各ヤーンを相互に結合し且つ少なくとも部分的にこれら各ヤーンを包み込んでいる重合体マトリックスとを有する不織布において、重合体マトリックス(52)が、ヤーン(10)に対して横方向に片寄った配列の不織布を貫通する孔隙(45)を有することを特徴とする不織布。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願第1発明が、特公昭48-41786号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)と同一のものであり、特許法29条1項3号に該当して特許を受けることができないので、請求項2~4に記載された発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものであるとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願第1発明の要旨の認定、引用例記載事項の認定、本願第1発明と引用例発明との対比中、本願第1発明の「不織布」が特に抄紙機用の抄造ベルトに用いられるものであり、引用例発明の「フェルト」、「多数の糸条」、「ピンホール」がそれぞれ本願第1発明の「不織布」、「複数本の直線ヤーン」、「孔隙」に相当し、引用例発明の「合成樹脂」が結合したウエブ繊維と糸条とをさらに結合するもので、各糸条は、ウエブ繊維及び合成樹脂により縦方向全長にわたって相互に結合され、ウエブ繊維と合成樹脂により包み込まれていること(審決書4頁16行~5頁16行)、及び本願第1発明と引用例発明との一致点の認定は認める。

本願第1発明と引用例発明との相違点の認定及びこれについての判断は争う。

審決は、本願第1発明の技術事項を誤認して、上記相違点の認定及びこれについての判断を誤った結果、本願第1発明と引用例発明とが同一のものであるとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(相違点の認定の誤り)

審決は、「本件発明(注、本願第1発明)において、各ヤーンを包み込み結合している部材を『重合体マトリックス』と称している点で、引用例に記載されたものと比べて一応の相違がある」(審決書6頁5~8行)旨、本願第1発明と引用例発明との相違点の認定したが、後記2のとおり、本願第1発明と引用例発明とでは、ヤーンを包み込んでいる部材が全く異なるものであるから、それが単に呼称の点で相違しているのみであるかのような該相違点の認定は誤りというべきである。

2  取消事由2(相違点についての判断の誤り)

(1)  相違点についての審決の判断のうち、「一般に、異なる2以上の部材からなるいわゆる複合材の分野において、一方の部材が、他方の部材を分散させている、すなわち、包み込んでいるとき、分散させている方の部材、すなわち包み込んでいる方の部材が『マトリックス相』あるいは『マトリックス材』と呼ばれ、本件発明(注、本願第1発明)でいう、『重合体マトリックス』は、その意味で、各ヤーンを包み込んでいる部材すなわち、マトリックス材が重合体からなる事を意味する」(審決書6頁13行~7頁1行)こと、「引用例に記載された合成樹脂は、本件発明の実施例であるポリアミドが例示されているように本件発明でいう重合体であり、ウエブ繊維とともに多数の糸条を包み込んでマトリックスを構成している」(同7頁7~11行)ことは認める。

審決は、本願明細書の「或は、発泡体、繊維などをマトリックス材料それ自体の内部に設けることも可能である。」(甲第2号証7頁左上欄3~5行)との記載(以下「本件特定記載」という。)を引用して、本願第1発明において「マトリックス中に繊維を存在させることも可能である」(審決書7頁5~6行)とし、「したがって、引用例に記載された発明も本件発明でいう重合体マトリックスを有するものであり、本件発明は、引用例に記載された発明と実質的に同一であるとするのが相当である」(同頁12~15行)と判断したが、それは誤りである。

(2)  本願第1発明の重合体マトリックスは、樹脂(重合体)のみからなるものであって、マトリックス内部に繊維を含むものではない。

このことは、本願明細書の次の各記載から客観的に認識し得ることである。

(イ) 米国特許第3392079号明細書(甲第5号証)の図面第6図記載の実施例は、ヤーンの周囲に繊維部材が設けられているが、本願明細書は、この米国特許第3392079号明細書記載の発明を従来技術として挙げたうえ、このような構成のフェルトを抄紙機に用いた場合について、紙の面上に刻印をもたらすので好ましくないとしている(甲第2号証2頁右下欄2~11行)。

(ロ) 本願出願当初から現在に至るまで、本願明細書の特許請求の範囲の記載において、重合体マトリックスに付加的な構成要素を加えた構成のものは一貫して全く存在せず、原告に、そのような構成のものについて特許権を取得する意図が全く存しないことを客観的に示している。

(ハ) 本願明細書の発明の詳細な説明に記載された「重合体マトリックス52」は、単一種の樹脂で形成されている。

(ニ) 本願明細書の発明の詳細な説明に記載された不織布の製造方法において、重合体マトリックスで直線ヤーンを包み込む作業工程で、重合体マトリックスが、マトリックス材料を充填したエクストルーダ14のダイ12に給送され、エクストルーダダイの排出口16からリボン状テープとして押し出されることが記載されている(甲第2号証5頁右下欄13行~6頁左上欄2行、図面第4、第5図)。これは、溶融状態の重合体樹脂を押し出して、直線ヤーンを包み込む動作が行われていることを示すものであり、この工程からも繊維部材が重合体マトリックス中に混入されることはないことが理解される。

(ホ) 本願明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例1(甲第2号証7頁右下欄7行~8頁右上欄7行)及び同2(同8頁右上欄8行~左下欄7行)に、マトリックス材料としてナイロンが用いられ、それぞれ7本のヤーンを包み込んだことが記載されているところ、該ナイロンマトリックスに繊維部材を含むことは記載されていない。

以上のように、本願第1発明の重合体マトリックスは、マトリックス内部に繊維を含むものではない。

被告は、本願明細書に、本願第1発明のマトリックスが繊維を含むことを排除するような記載はないと主張するが、特許請求の範囲に記載がなく、また、いわゆる外的付加に相当する構成を発明の構成要件に含むとするには、むしろ、含むとする明確な根拠が必要である。本件特定記載がそのような根拠に当たらないことは、次に述べるとおりである。

また、被告は、本願明細書の実施例の記載に引き続く「本発明は上述の具体的特徴に限定されるべきものではなく、」(甲第2号証8頁左下欄8~9行)との記載を、本願第1発明のマトリックスが繊維を含むことの根拠とするが、このような表現は、これに引き続く例示に主眼があるところ、本願明細書において、上記記載に引き続く部分にも、繊維をマトリックスに混入することは記載されていない。

(3)  審決がその判断の根拠とした本件特定記載は、本願明細書の「本発明による不織布を濾過用に使用する場合には、多孔性膜層、開気胞発泡層、繊維マットなどを、ヤーン包攝マトリックスの一方面或は両面に形成してその濾過効果を高めることもできる。」(甲第2号証6頁右下欄末行~7頁左上欄3行)との記載に引き続く記載である。すなわち、それは、必須の構成要件を備えて成立した本願第1発明を他の用途に応用する場合の説明であって、本願第1発明に対し、「濾過効果を高めるため」の他の構成の付加の可能性が述べられた後、さらに、それ以外の部材の追加可能性を述べるものとして、「或は、発泡体、繊維などをマトリックス材料それ自体の内部に設けることも可能である。」との本件特定記載が続くものである。

したがって、この部分の記載は、成立した本願第1発明の応用例について述べたものであって、本願第1発明の要素としての構成を例示したものではない。そこに挙げられた「多孔性膜層」、「繊維マット」、「発泡体」、「繊維」などの構成要素は、成立した本願第1発明を濾過用に応用使用する場合に、その用途に適応すべく付加されたものであり、本願第1発明自体の要素ではない。それらの要素は、本願第1発明の目的や作用である不織布の非伸長性や耐摩耗性を良好に保ちつつ、表面平滑性を図るということに対し、技術的な関連性を有しない構成である。

被告は、抄紙機の抄造ベルトが湿紙の水分を減少する搾水を目的とするものであり、その機能から「濾過用に使用するもの」であるから、「本発明よる不織布を濾過用に使用する場合」が、むしろ本願第1発明の本来的な使用の態様であると主張するが、「濾過」とは「空気とか液体のような流体から特定の物質を分離するプロセス」(マグローヒル科学技術用語大辞典第3版1981頁)であり、上記抄紙機の抄造ベルトの機能がこれに当たるとはいえないし、本願明細書において、わざわざ「本発明よる不織布を濾過用に使用する場合」と記載されていることからしても、本願明細書上、「濾過用に使用するもの」が、本願第1発明の本来的な使用の態様とされていないことが認められる。

結局、本件特定記載を根拠として、本願第1発明の重合体マトリックスに繊維が含まれるとすることは、本願明細書全体の記載の流れを軽視し、本件特定記載を過重に評価した判断のバランスを欠くものである。

なお、一般に、明細書の発明の詳細な説明において、特許請求の範囲に記載された発明の範囲を超えた技術の開示があっても差し支えはなく、この場合には、当該超えた部分の技術は、特許発明の技術的範囲に含まれないから、当然、特許審査の対象としての特許出願に係る発明の構成にも含まれるものではない。

(4)  仮に、マトリックス内部に繊維を含むものが、本願第1発明の重合体マトリックスに含まれ得るとしても、引用例発明と本願第1発明とは全く異なるものであるから、審決の「引用例に記載された発明も本件発明(注、本願第1発明)でいう重合体マトリックスを有するものであり」(審決書7頁12行~13行)との判断は誤りである。

すなわち、本願明細書の発明の詳細な説明には、従来技術では抄造ベルトのヤーンが抄造された紙の表面に刻印をもたらす問題があり、不織布の抄紙面を平滑なものとすることが、本願第1発明の重要な課題である旨が記載されている。そして、本願第1発明におけるヤーンを包み込む重合体マトリックスとの構成が、不織布の表面平滑性を得ることを目的とするものであることは自明である。そうすると、重合体マトリックス内部に繊維が含まれるとしても、それは、本願第1発明の不織布における表面平滑性を害さないような含まれ方であることが明らかである。すなわち、本願第1発明において、重合体マトリックスは、不織布の主たる構成要素であり、特に不織布の表面形態を構成する部材である。

これに対し、引用例発明のフェルトは、糸条(ヤーン)を繊維ウエブで上下から挟み込んで低濃度の希薄な樹脂液に浸漬させ、絞りロールで絞った後、予備乾燥として乾燥炉で乾かし、さらに、熱風で乾かす工程によって製造されるものである。このような製造工程を経ることにより、引用例発明のフェルトにおいては、樹脂(重合体)が、糸条を挟んだ状態の繊維ウエブよりも外側に肉厚を持った状態で肉付けされるのではなく、繊維ウエブに染み込んだ状態でフェルト内部に存在するものであって、いわば、糸条と繊維ウエブとの接着剤としての機能を果たしているものと解される。このことは、引用例の「予備乾燥を受けたフエルトイは高粘度の樹脂をその内部に残留させ」(甲第4号証3欄34~36行)との記載、「この様にして得られたドライヤーフエルトイは、第5図イ及び第6図の如くで、その表面は弾性に富む繊維の羽毛でおおわれ」(同4欄33~35行)との記載(但し、図面第6図は、表面まで樹脂で覆われているように図示されている点で、この記載に照らし、不正確なものである。)、及び引用例発明の製造工程を図示した図面第1図において、樹脂液に浸漬した後の各工程においてもフェルト(イ)の厚さが増加していないことからも窺える。そうすると、引用例発明のフェルトは、抄紙機に使用した際に紙の面上に刻印を残してしまい、本願第1発明が解決しようとする課題が残されたままのものであるから、本願第1発明の不織布とは全く異なるものである。

なお、引用例においても、表面平滑性が課題として挙げられていることは、被告主張のとおりであるが、引用例発明は、表面を弾性に富む繊維の羽毛で覆うことによって、この課題を解決しようとするものと解され、課題解決の構成が本願第1発明とは異なっており、当然作用効果に差異が存するものである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  取消事由1(相違点の認定の誤り)について

本願第1発明の要旨は、本願第1発明の不織布が、ヤーンと重合体マトリックスを有することを規定しているが、重合体マトリックスがどのようなものであるかは規定していない。そこで、審決は、他の点では一致している本願第1発明と引用例発明との一応の相違点として、「本件発明(注、本願第1発明)において、各ヤーンを包み込み結合している部材を『重合体マトリックス』と称している点」を認定したうえで、その相違点について検討したものであり、該相違点の認定に誤りはない。

2  取消事由2(相違点についての判断の誤り)について

(1)  上記1のとおり、本願第1発明の要旨は、重合体マトリックスがどのようなものであるかは規定していない。審決は、本願明細書全体の記載及び「マトリックス」の一般的概念から、「『重合体マトリックス』は、・・・各ヤーンを包み込んでいる部材すなわち、マトリックス材が重合体からなる事を意味する」ことを認定したものであるが、その「重合体からなる」という点に関し、本願明細書を検討するも、本願第1発明のマトリックスが、重合体以外のものを含むことを排除するということについては、何ら記載されておらず、該マトリックスが、樹脂(重合体)のみからなるものであって、マトリックス内部に繊維を含むものではないとの原告主張は根拠がない。

(2)  本願明細書において、本願第1発明のマトリックス材料として挙げられているものは、ポリウレタン、ポリエステル、ポリアミド、ポリエチレンであり、実施例1、2に、マトリックス材料としてナイロンのみが示されていることは原告主張のとおりであるが、本願明細書には、該実施例の記載に引き続いて、「本発明は上述の具体的特徴に限定されるべきものではなく、」(甲第2号証8頁左下欄8~9行)との記載があり、例示されたマトリックス材料が重合体であることのみから、該マトリックスが、樹脂(重合体)のみからなるものであると限定することはできず、その他、本願明細書には、本願第1発明のマトリックスが繊維を含むことを排除するような記載はなく、そのような示唆もされていない。

これに加えて、本願明細書の本件特定記載が、本願第1発明の重合体マトリックスが繊維を含むことがある旨を記載しているのであるから、客観的にみて、本願明細書は、本願第1発明の重合体マトリックスが内部に繊維を有するものをも含むことを示しているというべきである。

原告は、本件特定記載につき、その直前に、「本発明による不織布を濾過用に使用する場合には、多孔性膜層、開気胞発泡層、繊維マットなどを、ヤーン包攝マトリックスの一方面或は両面に形成してその濾過効果を高めることもできる。」との記載があることを理由に、それは、必須の構成要件を備えて成立した本願第1発明を他の用途に応用する場合の説明であると主張するが、本願明細書に「本発明は不織布に関するものであって、排他的にではないが、ことに抄紙機用の抄造ベルト、乾燥ベルトなどとして使用される不織布・・・に関するものである。」(甲第2号証2頁左下欄13~16行)との記載があるとおり、本願第1発明の不織布は用途の限定されたものではないから、「本発明による不織布を濾過用に使用する場合」を「他の用途に応用する場合」ということはできないのみならず、抄紙機の抄造ベルトは、紙の原料であり、多量の水分を含む湿紙の水分を減少する搾水を目的とするものであって、その機能から「濾過用に使用するもの」といえるのであるから、本願明細書でいう「本発明よる不織布を濾過用に使用する場合」は、むしろ、本願第1発明の、本来的な使用の態様であり、この点からも、その場合の態様が本願第1発明に含まれないとすることはできない。

したがって、本願第1発明において「マトリックス中に繊維を存在させることも可能である」とした審決の判断に何ら誤りはない。

(3)  原告は、マトリックス内部に繊維を含むものが、本願第1発明の重合体マトリックスに含まれ得るとしても、引用例発明と本願第1発明とは全く異なるものであると主張するが、誤りである。

本願第1発明の重合体マトリックスが、内部に繊維を有するものを含んでいる以上、引用例発明の各ヤーンを包み結合している、繊維ウエブ及び合成樹脂からなる部材と、その点において相違するところはなく、他の点において一致している本願第1発明と引用例発明とが実質的に同一のものであることは明らかである。

原告は、上記主張の根拠として、本願第1発明が不織布の抄紙面を平滑なものにすることを重要な課題とするのに対し、引用例発明のフェルトは該課題が残されたままのものであると主張するが、抄紙機用の不織布の抄紙面に平滑性が要求されることは、周知の事項であって、引用例にも、引用例発明が抄紙機用不織布の表面平滑性を目的としていることが随所(甲第4号証1欄26~29行、2欄15~20行、8欄17~18行等)に記載されている。

すなわち、表面平滑性は、抄紙機用不織布に一般に要求される特性であり、マトリックスを繊維と樹脂とで構成している引用例発明の不織布においても、それを目的として挙げていることからすれば、本願第1発明が表面を平滑なものとすることを課題としているということが、本願第1発明と引用例発明とが相違していることの理由とはなり得ない。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由1(相違点の認定の誤り)について

引用例発明の「多数の糸条」が、本願第1発明の「複数本の直線ヤーン」に相当し、ウエブ繊維と合成樹脂により包み込まれていることは、当事者間に争いがない。これに対し、前示争いのない本願第1発明の要旨には、「少なくとも部分的にこれら各ヤーンを包み込んでいる重合体マトリックス」との規定があるものの、「各ヤーンを包み込んでいる」部材について、「重合体マトリックス」という以上に、それがどのようなものであるかを規定していないことが明らかである。

審決が、一致点の認定(審決書5頁18行~6頁3行)に続けて、「本件発明(注、本願第1発明)において、各ヤーンを包み込み結合している部材を『重合体マトリックス』と称している点で、引用例に記載されたものと比べて一応の相違がある」(同6頁5~8行)としたのは、前示した点で本願第1発明と引用例発明とが相違すると認定した旨を述べたものであり、その点で本願第1発明が引用例発明に対し新規性及び進歩性を具備する発明に当たる可能性があるから、その検討判断を行うことを示唆したものであること(因みに、「一応の相違がある」との文言は、その相違点につき、特許庁が、新規性の要件に係る、実質的に同一である場合に当たるかどうかにまで及んで判断することを示唆する常套的な用語法であることは当裁判所に顕著であり、現に審決は、該相違点につき実質的に同一である場合に当たるかどうかを判断している。)、また、「『重合体マトリックス』と称している」との文言は、前示のとおり、本願第1発明の要旨において、「各ヤーンを包み込んでいる」部材につき「重合体マトリックス」という以上にそれがどのようなものであるかが規定されていない趣旨を述べたものであることは、審決の前後の記載からみて、ともに極めて明白である。

したがって、審決の該相違点の認定に何ら誤りはない。

2  取消事由2(相違点についての判断の誤り)について

(1)  本願第1発明の要旨において、「各ヤーンを包み込んでいる」部材につき「重合体マトリックス」という以上にそれがどのようなものであるかが規定されていないことは前示のとおりであるが、この点に関して、審決が認定したとおり、該「重合体マトリックス」が、各ヤーンを包み込んでいる部材すなわち、マトリックス材が重合体からなることを意味すること、また、引用例発明の「合成樹脂」も本願第1発明でいう「重合体」であり、ウエブ繊維とともに多数の糸条(本願第1発明のヤーンに相当する。)を包み込んでマトリックスを構成していることは、当事者間に争いがない。

そうすると、本願第1発明と引用例発明とが実質的に相違するものであるかどうかは、本願第1発明が、マトリックス内部に、重合体のほか、繊維を存在させるものを実施の態様として含むかどうかで定まるものというべきである。

(2)  本願第1発明の要旨の「重合体マトリックス」が、審決の認定のとおり、各ヤーンを包み込んでいるマトリックス材が重合体からなることを意味するものと解されることは、前示のとおり当事者間に争いがないが、マトリックス内部に、重合体のほか、繊維を存在させる態様を排除するかどうかについては、本願第1発明の要旨の規定するところではない。

また、平成3年3月15日付手続補正書(甲第3号証)による補正後の本願明細書(甲第2号証、以下、単に「本願明細書」という。)の発明の詳細な説明中にも、マトリックス内部に繊維を存在させる態様を排除する旨の記載又はそれを示唆する記載は存在しない。

すなわち、本願明細書の発明の詳細な説明には、「マトリックス材料は、その繊維乃至ヤーン形成能力と関係なく、広い範囲の各種重合体から選択され得る。耐摩耗性の点から最良の材料はポリウレタンである。・・・その他の使用可能材料としては、ポリエチレンテレフタラートのようなポリエステル、ナイロン、ことにナイロン6、ナイロン6、6或はナイロン12のようなポリアミド、及びポリエチレンが挙げられる。」(甲第2号証4頁右下欄3~13行)との記載があるが、該記載は、本願第1発明の必須の構成要件である「重合体マトリックス」の重合体材料を列挙したものと認められ、マトリックス中に、該重合体のほかに繊維を含ませることを排除することを示唆する記載ということはできない。

また、「本発明は、・・・不織布製造方法をもその対象とする。以下において添附図面を参照して例示的に本発明を更に詳細に説明する。まず、第1、2及び第4図において、併列されたモノフィラメント、マルチフィラメント或は紡糸ヤーン10が、マトリックス材料18を充填したエクストラルーダ14のダイ12に給送される。・・・エクストルーダダイの排出口16は、平行配列されたヤーン10を溶融プラスチックマトリックス材料18で包み込むためのリボン状テープを押し出すように形成されている。・・・新たに形成されたテープ20は直ちに駆動ロール24のピン植設帯域22に給送されるが、プラスチックマトリックス材料18は依然として溶融状態に在る。・・・テープ中のヤーンは機械長手方向の溝34・・・中に案内されて係合し、ここで固化しつつあるプラスチックマトリックス材料により囲繞され、包み込まれる。」(同5頁左下欄末行~6頁左上欄17行)との記載が、本願第1発明の製造方法に係るものであり、該記載中に、繊維部材をマトリックス中に含ましめる工程についての記載がないことは原告主張のとおりであるが、「以下において・・・例示的に本発明を更に詳細に説明する。」との記載に鑑みて、該記載があるからといって、本願第1発明のマトリックス中に繊維を含ませることを排除することが示唆されているということはできない。

さらに、実施例1(同7頁右下欄7行~8頁右上欄7行)及び同2(同8頁右上欄8行~左下欄7行)の記載中には、マトリックス材料としてナイロン12が用いられることが記載されているが、一般に明細書に記載される発明の態様が実施例に限定されるものでないことはいうまでもない。

なお、原告は、本願明細書の「抄糸用フェルトの場合、『無緯糸』タイプのニードルパンチ不織布フェルトが若干の成功を収めた。例えば米国特許3,392,079号明細書を参照され度い。このフェルトはテンションローラーに間隔を置いて機械方向に平行に配列されたヤーンを捲回し、このヤーン列を繊維マットで被覆し、マット両面からニードル突刺により一体的不織布としたものである。このような無緯糸フェルトは・・・高圧力負荷の場合、機械方向ヤーンが抄造された紙の面上に刻印をもたらすので好ましくない。」(甲第2号証2頁左下欄19行~右下欄11行)との記載に関し、本願明細書が、該米国特許第3392079号明細書の図面第6図記載の実施例を好ましくないとしていると主張し、本願第1発明がマトリックス内部に繊維を含むものではないことの根拠の一つに挙げているが、本願明細書の該記載は、前示のとおり、「機械方向ヤーンが抄造された紙の面上に刻印をもたらすので好ましくない」としているのであって、繊維が該刻印とどのように関係するかについては記載がないのみならず、米国特許第3392079号明細書(甲第5号証)の「図6は、不織布基板と、該基板上に設けられた複数の繊維層を有し、性質の異なるヤーンによる複数の層が用いられた、他の実施の形態を示す略断面図である。・・・図6は、異なる性質の複数のヤーンが用いられた場合の本発明の実施の形態を示している。図6に示されているように、二種類の異なるヤーンから成る偽繊維が、所定方向の繊維26の間を縫い、これと絡み合っている。ヤーン30は比較的太く、これによりフェルトの仕上がりが嵩ばり、空隙容積は大きいが、引張り強さは比較的弱くてもよい。ヤーン32はバルクヤーン32(注、「バルクヤーン30」の誤りである。)よりも幾分細くてもよいが、引っ張り強さが比較的強く、仕上がったフェルトのこのヤーンの方向の強度が大きくなる。テンシル(張力)ヤーン及びバルクヤーンを、それぞれ別々の層に配置することも、同一層に混合して配置することも可能である。」(同号証訳文)との記載及び図面第6図の図示によっては、該フェルトが、重合体と繊維とを含むマトリックスでヤーンを包み込むものであるかどうかも不明である。

以上のほか、本願明細書の発明の詳細な説明には、マトリックス内部に繊維を存在させる態様を排除する旨の記載又はそれを示唆する記載が存在しないが、それのみならず、「或は、発泡体、繊維などをマトリックス材料それ自体の内部に設けることも可能である。」との本件特定記載が、積極的に、マトリックス内部に繊維を存在させる態様を本願第1発明に含まれるものとしていることが明らかである。

本願明細書の記載上、本件特定記載が、「本発明による不織布を濾過用に使用する場合には、多孔性膜層、開気胞発泡層、繊維マットなどを、ヤーン包攝マトリックスの一方面或は両面に形成してその濾過効果を高めることもできる。」(甲第2号証6頁右下欄末行~7頁左上欄3行)との記載に引き続く記載であることが認められるところ、原告は、本件特定記載が、必須の構成要件を備えて成立した本願第1発明を他の用途に応用する場合の説明であって、成立した本願第1発明の応用例について述べたものであり、「繊維」等の要素は、本願第1発明の目的や作用である不織布の非伸長性や耐摩耗性を良好に保ちつつ、表面平滑性を図るということに対し、技術的な関連性を有しないと主張する。

しかしながら、本願明細書に、「技術分野」として、「本発明は不織布に関するものであって、排他的にではないが、ことに抄紙機用の抄造ベルト、乾燥ベルトなどとして使用される不織布・・・に関するものである。」(甲第2号証2頁左下欄13~16行)との記載があることに照らすと、仮に、「濾過用に使用する場合」が「抄紙機用の抄造ベルト、乾燥ベルト」としての使用とは別のものであるとしても、その故に、「濾過用に使用する場合」が、本願第1発明の不織布の用途とは別の「他の用途」に応用するものであると直ちにいうことはできず、したがって、その場合の不織布が、本願第1発明に含まれないとすることもできないことは明らかである。のみならず、本件特定記載が本願第1発明を他の用途に応用する場合の説明であるとする原告の主張が、「本発明による不織布を濾過用に使用する場合には、」との文言に依拠するものであるとすれば、本願明細書において、同様の表現が用いられている「本発明不織布を抄紙機ドライヤーベルトに使用する場合には、」(甲第2号証5頁左上欄19~20行)との部分も、本願第1発明を他の用途に応用する場合の説明であると解さなければ整合性を欠くことになるが、そのように解することは、前示「技術分野」の部分の記載との間で齟齬を来すことになる。さらに、本件特定記載が、成立した本願第1発明の応用例について述べたものであるとする原告主張に従えば、本願第1発明、すなわち原告主張に係る繊維を含まない重合体のマトリックスを有するものとして一旦完成した不織布を、濾過用の用途に応用するために、改めて繊維を固化したマトリックス内部に混入させることとなるが、いかなる技術手段を用いれば「応用」という程度の方法でそれが可能であるのかが明らかでない。加えて、マトリックス内部に繊維を含ませることが、不織布の耐摩耗性を良好とする効果を奏することは、技術常識上明らかであるから、「繊維」が、本願第1発明の目的や作用である不織布の非伸長性や耐摩耗性を良好に保ちつつ表面平滑性を図るということに対し技術的な関連性を有しないとすることもできない。

以上のように、本件特定記載が、必須の構成要件を備えて成立した本願第1発明を他の用途に応用する場合の説明である等とする原告の主張は到底採用し難く、本願明細書上、本件特定記載が、本願第1発明の実施の1態様を記載したものであることは明白である。

そうすると、本件特定記載を根拠として、本願第1発明が、重合体マトリックスに繊維が含まれる態様を含むとすることに対し、本件特定記載を過重に評価し、判断のバランスを欠くとの非難は当たらない。

また、原告は、本件特定記載が、あたかも、特許請求の範囲に記載された発明の範囲を超えた技術の開示であるかのような主張をするが、本願明細書の特許請求の範囲1項の記載は、前示本願第1発明の要旨の規定と同一であるところ、該本願第1発明の要旨が、マトリックス内部に、重合体のほか、繊維を存在させる態様を排除するかどうかについては規定していないことは前示のとおりであって、原告の前示主張は前提を欠くものである。

したがって、本願第1発明において「マトリックス中に繊維を存在させることも可能である」とした審決の判断に原告主張の誤りはない。

(3)  原告は、マトリックス内部に繊維を含むものが、本願第1発明の重合体マトリックスに含まれ得るとしても、引用例発明と本願第1発明とは全く異なるものである旨主張するところ、その主張の根拠は、不織布の抄紙面を平滑なものとすることが、本願第1発明の課題であり、この課題の解決のために、本願第1発明においては、重合体マトリックスが不織布の表面形態を構成する部材であるのに対し、引用例発明においては、樹脂(重合体)が、繊維ウエブに染み込んだ状態でフェルト内部に存在するものであり、抄紙機に使用した際に紙の面上に刻印を残してしまい、本願第1発明が解決しようとする課題が残されたままのものであるということにある。

しかして、引用例(甲第4号証)には、「以上の様にして、得られたフェルトの・・・両面は平滑で特に熱風吹出しロール20に接する側は、弾力性に富む繊維の羽毛でおおわれ、柔軟で平滑な面となる。」(同号証4欄24~28行)、「この様にして得られたドライヤーフエルトイは、第5図イ及び第6図の如くで、その表面は弾性に富む繊維の羽毛でおおわれ」(同欄33~35行)との記載があり、これらの記載によれば、引用例発明のフェルトは、その表面に繊維が存在する形態であることが認められる。しかしながら、引用例(甲第4号証)には、前示「弾力性に富む繊維の羽毛でおおわれ、柔軟で平滑な面となる。」との記載のほか、さらに「本発明は、表面の平滑性はもとより、特に通気性、吸水性を備え、・・・ドライヤーフエルトの製造方法に関するものである。」(同号証1欄26~29行)、「本発明は、・・・フエルトのすぐれた表面平滑性、吸水性に加えて・・・兼備したドライヤーフエルトを提供するものである」(同2欄15~20行)、「フエルト表面を平滑にすることを特徴とする製紙用ドライヤーフエルトの製造方法」(同8欄特許請求の範囲)との記載があり、引用例発明が表面平滑性を備えた抄紙機用フェルトである旨が記載されているから、引用例発明のフェルトの表面に繊維が存在するからといって、抄紙機に使用した際に紙の面上に刻印を残すものとは認め難い(なお、引用例発明が、表面を弾性に富む繊維の羽毛で覆うことによって、表面平滑性の課題を解決しようとするものであることは、原告の自認するところである。)。

他方、本願第1発明においては、前示本願第1発明の要旨が「少なくとも部分的にこれら各ヤーンを包み込んでいる重合体マトリックスとを有する不織布」と規定することから、少なくとも部分的には、重合体マトリックスがヤーンを包み込んで不織布の表面形態を構成する部材であることが認められるが、該重合体マトリックスが、その内部に繊維を含むものである場合には、不織布の表面には、重合体だけでなく、繊維も存在するものと認めることが自然である。

原告は、重合体マトリックス内部に繊維が含まれるとしても、それは、本願第1発明の不織布における表面平滑性を害さないような含まれ方である旨主張するところ、本願明細書には、従来技術に関し「高圧力負荷の場合、機械方向ヤーンが抄造された紙の面上に刻印をもたらすので好ましくない。」(甲第2号証2頁右下欄9~11行)との記載があって、ヤーンが抄造された紙の面上に刻印を残すことが指摘されたうえ、抄紙面を平滑にすることが課題とされているが、マトリックス内部に含まれる繊維が紙の面上に刻印をもたらすことは記載されていないから、原告の前示主張の趣旨が、不織布の表面に繊維が存在するものではないとの趣旨であれば、これを採用し得ない。

そうすると、本願第1発明と引用例発明との間に、原告主張のような相違はないというべきであるから、「引用例に記載された発明も本件発明(注、本願第1発明)でいう重合体マトリックスを有するものであり」との審決の判断に誤りはない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための付加期間の指定につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成8年審判第15254号

審決

アメリカ合衆国、ニューヨーク州 12100、ラザム、アルパイン、ドライヴ、14

請求人 レオナルド、ロバート、レフコヴッツ

東京都中央区八重洲1丁目9番9号 東京建物ビル 田代・江藤特許事務所

代理人弁理士 田代烝治

昭和63年特許願第76661号「不織布及びその製造方法」拒絶査定に対する審判事件(平成1年1月24日出願公開、特開平1-20371)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1.手続の経緯、本願発明

本願は、昭和63年3月31日(パリ条約による優先権主張1987年3月31日、アメリカ合衆国)の出願であって、その第1番目の発明(以下、これを「本件発明」という。)は、平成3年3月15日付けで補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものである。

「(1)ほぼ共通方向に間隙を置いて延びる複数本の直線ヤーンと、縦方向全長にわたってこれら各ヤーンを相互に結合し且つ少なくとも部分的にこれら各ヤーンを包み込んでいる重合体マトリックスとを有する不織布において、重合体マトリックス(52)が、ヤーン(10)に対して横方向に片寄った配列の不織布を貫通する孔隙(45)を有することを特徴とする不織布。」

2.引用例

これに対して、原査定の拒絶の理由において引用した特公昭48-41786号公報(昭和48年12月8日出願公告、以下、「引用例」という。)には、製紙用ドライヤーフェルトの製造方法に係る発明が記載されており、そこには、ドライヤーフェルトとして、フェルト進行方向に多数の糸条を配列し、これを繊維ウエブ層に介在させてニードルパンチを施し、ウエブ繊維を糸条と結合させ、さらに合成樹脂によって結合を固定させ、該合成樹脂のキュアリング時にフェルト面に無数のピンホールを形成固定したもので、長さ、幅方向の伸縮が極めて少なく而も高度の通気性を有して表面が柔軟で平滑なものが記載され(第2欄21~30行の記載参照。)、さらに、下記の点が、図面とともに示されている。

a.糸条2は、ヤーンガイド8、8’によってフェルト幅方向に平行且つ均一に分散され張力が調整される(第3欄第22~24行)。

b.加熱シリンダー19上に導入されたフェルトイは、加熱シリンダー19上の針23に突き刺され加熱により徐徐にキュアリングされながら、ピンホール24を形成、固定しつつ熱風吹出しロール20に接近する。熱風吹出しロール20の表面に形成された細孔25は加熱シリンダー19上の針と嵌合し、フェルトイは両ローラ19、20によってプレスされて滑面に仕上げられるとともにピンホール24の形状は固定する(第4欄第6~15行)。

c.糸条2を介在させる場合フェルトイを加熱シリンダー19上に導入するときに糸条2を第3図ロの如く相隣接する2本の針23の間に配置することが望ましい(第4欄第29~32行)。

3.対比

そこで、本件発明と引用例に記載された発明とを対比すると、本件発明の「不織布」は特に抄紙機用の抄造ベルトに用いられるものであり(明細書第5頁第13~16行)、引用例に記載された「フェルト」は、本件発明の「不織布」に相当し、引用例においてフェルト進行方向に配列される「多数の糸条」は、平行且つ均一に分散されること、および第6図の図示から、ほぼ共通方向に間隔を置いて延びるように配列されることは明らかであり、本件発明の「複数本の直線ヤーン」に相当し、引用例に記載された「合成樹脂」は、結合したウエブ繊維と糸条とをさらに結合するものであり、各糸条は、ウエブ繊維および合成樹脂により縦方向全長にわたって相互に結合され、前記ウエブ繊維と合成樹脂により包み込まれていることは第1、3、4、6図の図示から明らかであり、さらに、引用例に記載された「ピンホール」は、糸条に対して横方向に片寄って配列され、フェルトを貫通していることは、上記b、cの記載および第2、3、6図の図示から明らかであり、本件発明の「孔隙」に相当する。

したがって、本件発明と引用例に記載された発明とは、「ほぼ共通方向に間隙を置いて延びる複数本の直線ヤーンと、縦方向全長にわたってこれら各ヤーンを相互に結合し且つ少なくとも部分的にこれらヤーンを包み込んでいる部材とを有する不織布において、ヤーンを結合し包み込んでいる部材が、ヤーンに対して横方向に片寄った配列の不織布を貫通する孔隙を有する不織布。」である点で、一致しており、本件発明において、各ヤーンを包み込み結合している部材を「重合体マトリックス」と称している点で、引用例に記載されたものと比べて一応の相違がある。

4.当審の判断

そこで、前記相違点について検討する。

まず、本件発明の「重合体マトリックス」について検討すると、一般に、異なる2以上の部材からなるいわゆる複合材の分野において、一方の部材が、他方の部材を分散させている、すなわち、包み込んでいるとき、分散させている方の部材、すなわち包み込んでいる方の部材が「マトリックス相」あるいは「マトリックス材」と呼ばれ、本件発明でいう、「重合体マトリックス」は、その意味で、各ヤーンを包み込んでいる部材すなわち、マトリックス材が重合体からなる事を意味するものといえる。また、「或いは、発泡体、繊維などをマトリックス材料それ自体の内部に設けることも可能である。」(明細書第23頁第3~5行)と記載されているように、マトリックス中に繊維を存在させることも可能である。

そして、引用例に記載された合成樹脂は、本件発明の実施例であるポリアミドが例示されているように本件発明でいう重合体であり、ウエブ繊維とともに多数の糸条を包み込んでマトリックスを構成しているといえる。

したがって、引用例に記載された発明も本件発明でいう重合体マトリックスを有するものであり、本件発明は、引用例に記載された発明と実質的に同一であるとするのが相当である。

5.むすび

以上のとおりであるから、本件発明は、引用例に記載された発明と同一のものであり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないので、請求項2ないし4に記載された発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成9年9月18日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人被請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

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